96 THE BOAT IN THE SUN 1991年 478×670mm リトグラフ 額装価格: 650,000(税別)SOLD OUT Special Edition 750,000(税別)SOLD OUT
たくさんの美しいボートが運河の岸辺に係留されている。マイアミの運河の街、フォード・ローダディールを歩いている。水路の水は澄んでいて、青空を反映し た水面は、その周囲の風景を映し込んで美しく輝いている。いくつもに連なっている高級なプレジャーボードを横目に見ながら、長いマイアミ取材の最後の日 を、ゆったりとした歩調で美しい運河のプロムナードを堪能している。私はこんな時に自分の過去と、未来を考えることにしている。30才の頃に戻って、自分 にとっての絵の原点とはいったい何だったのか、そして、これから、どのように変わって行くのかなどと、頭の中を充実した安堵感と、何か寂寞としたイリュー ジョンが入り混り、巡っていく。原点に戻りたい。何もなかった頃の日々に戻りたい。私の体中が、清流の中に居たような、痩せてはいたけれど、血液がサラサ ラと早く流れ、淀みなく脳を巡り、いつも風に向かって歩いていたあの頃に戻りたい……。といつもそこへ到達してしまう。何か、若い時に描かなくてはならな かった、大切な作業を、し残して来たような不安が心の透き間に侵入してきて、私の耳元に戻れ戻れ、そうして、もう一度その作業をしてから、帰って来いよと 囁いてくる。シンプルなボートが目の前に現われた。白い簡単な幌が妙に印象的だ。多くの高級な船を見て来たので、何だか拍子抜けしてしまうような素朴さだ が、私はこの小さなボートに心打たれた。美しい木漏れ日の中に私は、今歩いてきて巡った幻影の答えが、ここにあるのではと思った。何か答は出ないし、やり 直すために過去を歩くことなど出来ないが、この目の前の小さな白いボートは、私の心を強く揺り動かした。