325. 幻想の小径

325. 幻想の小径 2015年 475×345mm E.M.グラフ 額装価格: 180,000(税別)

15年ほど遡る頃の別離の話から始めましょう。別れの相手は女性ではなく、長年連れ添ってくれた古いポルシェ(1955年型356スピードスター、赤色ボディ)を、ある事情のために手放す結果に至ってしまったことだ。別離の後2~3年、ひたすら絵を描いて過ごした日々も、夢に現れるのは赤いドレスの美しい姿をした彼女だった。そして更に13年、相変わらず手放した彼女は、夢の中で僕に元気な姿を見せてくれるが、しばらくしてクルージングが終わると消えてしまう優しいゴーストだった。時に別れづらい夜には、続きをみることも可能になっていた。数年の後、僕は、病に見舞われて入院生活をよぎなくされた。しかし彼女は病床の身にもゴーストしに現れた。郷子の林立するロング・アンド・ワインディング・ロードを、僕を乗せた赤いドレスの彼女は快音を響かせてクルーズ中、小高い丘の手前で静かに停止した。その行く手には馬を操る美しい女性が、道を横切ろうとして急ぐサラブレッドをたしなめていた。幻想の最中で、微動だに出来ずにいた僕を彼女は心地よいエンジン音で包み、先へと促した。やがて馬上の若い女は静かに去っていった。あっという間の出来事も、もうなかったように、彼女は僕を乗せたまま小高い丘の向こうの暁に惹かれるように走りだした。それから、その晩、病床の僕の中で何かが生まれ変わったと思った。翌日、病室で医師が、「病は下降線をたどっていますよ。」と囁いた。