115 入江に輝く白いデッキ

115 入江に輝く白いデッキ 1992年 605×1025mm リトグラフ 額装価格: 680,000(税別)

1991年8月の終りにニューヨークからワシントンD・Cを経て、サウス・キャロライナ州チャールストンに向かった。デルタ・エアラインの小さな飛行機は 大きく揺れながら3時間でやはり小さな空港に着陸した。暑い。…しばらくたっても暑い。機内サービスでパーサーと通訳を通しながらオシャベリをして、ビー ルとワインを体中に仕込んだから、水分が多量の汗となって皮膚と衣服を湿らせた。レンタカーをピック・アップして、チャールストンに向かう。フリーウェイ はガラガラに空いていて、回りは濃い緑が繁っていて、鬱蒼としているのでウェットな暑さは、なおさら体中に付着して離れない。’85年の夏にもチャールス トンを訪ねている。TV局の取材も含んでいたため通過する様な早い動きの中での旅だったので、美しい街並の記憶しかなかった。19世紀アメリカ南部の典型 的なコロニアル様式の建物群がそのままに残っていて、最近になって少しずつ町全体が当時のままにレストアされているのだと聞かされて、再度訪れようと思っ て5年が経過した。6年後に訪れたこの美しい街も、気候は相変わらずで暑い。まるで汗が空気になった様で、独特の湿気が空気中に漂っている。あまりにも 湿っているので、取材をする気になれなくてホテルで涼んでいると、……やっぱりだった。午後7時を過ぎて雨になった。美しい街がずぶ濡れになった。ホテル の5階の窓から空一面を覆った黒い雷雲が見えた。低気圧のせいなのか、私の胸が不整脈をうち始めた。アメリカに来るといつもそうだ。忙しいからなのか、一 日に何度となく胸が小刻みに震え、少々息苦しくて力も抜けてしまう。アルコールで体中の血液を酔わせて熱帯雨林の真只中で仕方なしに眠りに就いた。夢を見 ていた。白く輝く美しいデッキの上で、白いヨットを見ている自分を不思議に見降ろしている客観的な私がそこに居たのだ。入江にたっぷりと流れ込む恐ろしい 程の透明度を保つ美しい海水が、ヨットに見とれている私自身を囲んで戯れている様だった。水はさらさらと霧状で私の体をリフレッシュさせていて、エネル ギーが体中に溢れている様だった。そんな光景がいつまでも続いていた。ドカーン!バリバリーッ!!私は目を醒ましてしまった。雷雲から稲妻が走って、外は 大嵐となっていた。夜中の2時を過ぎていた。私の胸が小さく震えた。不整脈が出っ放しになっていた。夢うつつの最中で、私の脳に何かが語りかけていた。ピ カッ!――稲妻に誘われたのか。「君には水が必要だ」「君は水を疎かにしている。水のことを考えなさい!」といった言葉が数回、耳もとで聞こえた。新興宗 教のお告げの様だと笑われるかもしれないが、私はそのハッ!とした時に生物と水の普遍性と宇宙が一瞬にして理解出来てしまったのだ。こんなことってあるん ですね……。私は世界中のビールが好きなので、日本で日本製ビールを飲んで、アメリカでアメリカのビールを飲む。一日中飲んでいる。特に取材中は、私に とってのオアシスがこの冷えたビールとなる。汗をドンドン出して、ビールを水分として体中に血管を通して配ってやる……ちょっと待って?少々可笑しいので は。そう、アルコールを分解するには水が必要なハズだ。水分は汗になって対外へ放出していて、なのにアルコールを水の代わりに補給しているのだから……当 然のことながら血中に水分がなくなってしまう理屈になる。コンク・ブラッドだ。きっと濃縮されたドロドロの不凍液の様な血液になってしまうのだろう。だか ら血液の流れが悪くなって心臓に負担がかかって不整脈が始まってしまうのだ。私は真夜中の熱帯雨林のサンダー・ストームの最中に洗面所で飲料水を飲むこと にした。大きめのコップに2時間かけて20杯程飲んだ(ちなみにトイレには8回も通った)。はたして!神のお告げは私の血液を清くしてくれたのだろうか! お答えします。サラサラと美しく流れる清流の様になったのでした。5杯、6杯~10杯と飲む程に、みるみる体の不調が消えて行った。不整脈も飲み初めて一 時間経過あたりから見事に消え去ってしまった。これだ、これだったんだ。水だったんだ。私は一昨年「ウォーターズ」をシリーズで描いている。その取材中も 同様に体の不調に悩まされていたのだ、なのに「水」を描いていたのだから、因縁というか因果応報なのか因果関係の様なものだなあと、何だか解らないが、想 い悩んでしまうのでした。雷雲と神の水の翌日は、町はすっかり晴れてしまった。カメラを首から下げて、チャールストンの街へ。コロニアルの洗礼をたっぷり 授けて戴くために私の足は軽かった。昨夜のオーメンの様な神の世界の教訓はチャンと、守ってしまって、私の取材車には大きなミネラル・ウォーターのボトル が5本も載せてあったのだ。